2016年第11回
日本構造デザイン賞
松井源吾特別賞

総合選考評 ▶

前の受賞者
次の受賞者

──
彦根 茂(ひこね・しげる)
──

彦根 茂

経歴(受賞時)
1950年 東京都生まれ
1973年 東京工業大学工学部建築学科卒業
1975年 東京工業大学理工学研究科建築学専攻修士課程修了
1975年 日建設計東京本社構造部入社
1994年 Arup(ロンドン本社)入社
1997年 Arup東京事務所 日本における代表者就任
2015年〜 Arup東京事務所特別顧問

主なプロジェクト
【Arupロンドン本社での実績】
横浜港大さん橋国際客船ターミナル国際コンペ最優秀案(1995年)
The Blueprint Pavilion(1995年、英国)
Seismic Codes Comparison Study(1996年)
1 Regents Place(1997年、英国)
Lisbon Oceanarium(1998年、ポルトガル)
【Arup東京事務所での構造設計責任者としての実績】
横浜国際スタジアム炬火台(1998年)
アメリカンスクールインジャパン増築・耐震改修(1999年)
大阪府立国際会議場(2000年)
なにわの海の時空館(2000年)
福島県立大野病院(2002年)

中部国際空港旅客ターミナルビル(2004年)
邑楽町役場庁舎(設計完了:2005年)
鄭州国際展会中心(2006年、中国)
バージ・アル・アラーム(設計完了:2008年、アラブ首長国連邦)
The Circle(基本設計完了:2010年、スイス)
女川町仮設住宅(2011年)
江の島 湘南港ヨットハウス(2014年)
新国立競技場/Zaha Hadid Architects案(2015年)

論文
第34回IABSE2010「既存建築のためのサステイナブル・耐震ファサード改修」
第37回IABSE2014「2011年3月11日の東日本地震・津波被害対策3階建仮設コンテナハウス」

──
Arup東京事務所代表としてトータルな構造デザインの実現に果たした永年の貢献
──

中部国際空港旅客ターミナルビル(2004年) 撮影:スタジオムライ   

──
選考評
──

 業績賞として位置づけられる松井源吾特別賞は、原則的に毎年1名が選ばれている。9人目となる本年の受賞者を、日本構造家倶楽部から推薦された彦根茂氏とすることを、選考委員会は全員一致で承認した。
Arup東京事務所が開設されたのは1989年。彦根氏は1994年にOve Arup & Partners に入社し、1997年から約20年間、日本における代表を務めた。今回の受賞は、その間における同氏の構造デザインに関するさまざまな貢献が評価されたものである。たとえば「なにわの海の時空間」(2000年)、「ソニーシティ」(2006年)、「ニコラス・G・ハイエック・センター」(2007年)等の多くの構造設計に深く関わると共に、構造以外の設備、環境、ファサード、照明との統合にも意をつくしてきた。さらにはプロダクトマネージャーとして、構造設計者がトータル・デザインを意識して、建築家と良好な協同ができるような環境づくりに力を注いできたことが最も注目されよう。
 オブ・アラップが3人の同僚と共に「アラップ社」を設立したのは1946年。今からちょうど70年前のことである。そして今日では、おそらく所員数は11,000人、事務所数は90カ所を超えるものと思われる。 私事で恐縮ではあるが、私がロンドンでアラップ卿に直接会えたのは1972年秋。シドニー・オペラハウスの竣工直前のこの時、77歳の卿は穏やかですこぶる元気であった。以来、Fitzroyへは何度足を運んだことだろうか。今は亡き、E.ハボルドやP.ライスの面影も懐かしく、私自身も3度社内レクチャー('88、'91、'01)の機会を得ることができた。彦根氏と初めてお会いしたのは、M.マニング部長を日本大学の客員教授として招いた1986年ごろ。30年も昔のことになる。
 アラップ社が生み出す作品や、そこに働く優れた人びとを見て感じることは、空前の規模で拡大し続けてきたこの国際組織を支えるものの存在である。ひとつは、所属するエンジニアの個人の人間的な関係性を軸とした組織体であり、共通の哲学・理念を抱く小規模な連邦体だということ。異なる建築家と組むコンペ等では当然、社内での競合は日常的であろう。したがってアラップ社のリーダーは個人の能力や個性が最大限発揮される環境づくりを心がけており、その課題は彦根氏にも課せられてきたはずである。そしていまひとつは、多くのスタッフを結びつける道標。それが創立者オブ・アラップの設計哲学、すなわち「トータル・デザイン」である。アーキテクチャーとエンジニアリング、設計と生産を総括的に捉え、両者の融合・触発・統合を計りながら、あらゆる技術を駆使して建築のトータルな質を向上させることがその理念である。そのための人材を集めていった結果、組織が拡大したとみるべきであろう。日本における構造デザインを刺激し続けてきたアラップ社の仕事を概観すると彦根氏の果たした役割が理解されよう。
 アラップ東京事務所が開設25周年を迎えた2014年末、彦根氏はSJVの中心的なスタッフとして(旧)「新国立競技場」に取り組んでいた。そして2015年7月17日に白紙撤回。トータル・デザインとしてのザハ案の実現を見られなかったのが何とも残念である。

斎藤 公男(構造家)

◀前の受賞者   2016年第11回日本構造デザイン賞総合選考評   次の受賞者▶