2012年第7回
日本構造デザイン賞

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向野 聡彦(こうの・としひこ)
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経歴(受賞時)
1957年 福岡県生まれ
1980年 東京大学工学部建築学科卒業
1982年 東京大学大学院建築学専門課程修了
1982年 日本国有鉄道入社
1987年 日建設計入社
現在、構造設計部長

主な作品
1998年 静岡県庁東館耐震改修
2000年 地球シミュレーター
2002年 ホギメディカル本社
2006年 ミッドランドスクエア
2007年 神保町シアタービル
2009年 日本経済新聞社東京本社ビル
2009年 木材会館
2011年 ソニーシティ大崎

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ホキ美術館
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東側外観1。(撮影:雁光舎 野田東徳)   ▶

ホキ美術館
所在地 千葉県千葉市緑区あすみが丘東3-15/ 主要用途 美術館/ 竣工 2010年/ 発注者 (株)ホキ美術館/ 設計 日建設計/ 施工 大林組/ 敷地面積 3863m2/ 建築面積 1602m2/ 延床面積 3722m2/ 階数 地下2階、地上1階/ 構造 RC+S造/ 工期 2008年10月〜2010年8月/ 撮影 野田東徳

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選考評
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 この建築を最初に訪れた時、メディアで目にしていた鋼板構造による大きなキャンチレバーが思いのほか、控えめに佇んでいたことが印象的であった。他の5つのカルバート状のRC構造に寄り添いながらそっと浮き上り、一番奥で静かに浮遊していた。
大きなキャンチレバーとなる鋼板構造は、中骨を2枚の鋼板で挟み込んだサンドイッチ構造(版厚約250mm)により、床・屋根と壁が構成されている。一方、それ以外で、大スパンではなく、また土圧の影響を受ける下部は、RCによる薄肉床壁構造(標準版厚250〜350mm)により構成されている。いずれも柱・梁形状の出ないフラットな面により、カルバート状の構造が形成され、構造システムと部材スケールの調和が図られている。RC構造が大半を占める建築であるが、構造家の設計への強い思いを感じとれるのは、やはり30mのキャンチレバーを有する鋼板構造である。
  ロ型のカルバート状断面のキャンチレバーは、1層分の壁を梁せいと見立てれば、数十mの跳ね出しも困難ではない。しかしながら、壁の横長開口のため、ロ型断面の一部が欠損しコ型断面となれば、カルバート状断面のねじれ剛性が著しく低下し、大きな変形を生じさせる。その性状に対して、開口とは反対の壁側にバックスペースを利用して2枚の壁を配置し、屋根・床と共にボックス状のキールを作り、そこから開口側に向かって屋根と床を跳ね出すという大胆な方法で解決している。これは隣接する公園側からギャラリーの絵画が見えることを意図し、建築家が設計初期に発信したコンセプチュアルな逆L型断面(屋根と片側壁のみ)のイメージに対して見事に答えたものである。
  構造設計では、数値解析から計り得ないことが多くあり、それらに対しては、熟練した洞察力と現場での対応力が求められる。この鋼板構造では、溶接による歪みと床の振動という課題が存在した。床の振動は、振動周期から予測は立つが、人間の感覚に左右されるため判断難しい。制振装置(TMD)に加え、万一、揺れが生じた時にキャンチレバーに支柱が設けられるようフェールセーフが用意されていたが、最終的に設置されることはなかった。大胆な構造計画の裏には、1本梁の手計算からスタートし、ステップバイステップで解析精度を上げ、構造実験や現場計測による実挙動把握を行い、さらにフェールセーフを設けるといった、実に慎重かつ綿密な設計がなされている。
  ここでは全てを書き切れないが、意匠・設備・環境との設計における様々なコラボレーション、施工者・鉄骨ファブリケーターとの綿密な連携、立場の異なる多くの関係者の総力を結集し、デザインコンセプトが具現化された建築であり、日本構造デザイン賞として相応しいと考える次第である。

小西 泰孝(選考委員・構造家)

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