2022年第17回
日本構造デザイン賞

総合選考評

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黒岩 裕樹
(くろいわ・ゆうき)

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くろいわ・ゆうき

経歴(受賞時)
1980年 熊本県生まれ
2003年 琉球大学環境建設工学科卒業
2003年 鈴木啓/ASA入社
2006年 黒岩構造設計事ム所設立
2008年 九州大学大学院博士前期課程修了
2013年 熊本大学大学院博士後期課程修了
2021年 九州大学大学院非常勤講師

主な作品
輪の家(2006)*1
三里屯VILLAGE (2006)*1
Kazakstan Polo manege(2011)
浦添大公園管理事務所(2012)
福岡市水上公園(2016)
御船町東小坂仮設団地(2016)
菊鹿ワイナリー(2018)
オモケンパーク(2019)
平戸城耐震改修・城泊(2020)
嬉野観光文化交流センター(2022)
熊本県フットボールセンター(2022)
盛岡バスセンター(2022)
*1鈴木啓/ASAでの担当物件

著書
『構造設計を仕事にする─思考と技術・独立と働き方─』共著、学芸出版社、2019年

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神水公衆浴場
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2階内観。撮影:小川 重雄  ▶

神水公衆浴場
所在地:熊本県熊本市中央区/主要用途:公衆浴場併用住宅/竣工:2020年/発注者:黒岩構造設計事務事ム所/設計:ワークヴィジョンズ・竹味佑人建築設計室/施工:住管理システム・たねもしかけも・ツカモトコウムテン/敷地面積:135.57㎡/建築面積:107.02㎡/延床面積:193.96㎡/階数:地下1階、地上2階/構造:WRC造(地下階)、木造(地上階)/工期:2019年10月~2020年6月

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選考評
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 2016年の熊本地震によって被害を受けた地域に建つ、構造家の自邸である。復興時の入浴に困った経験から、1階を公衆浴場として地域に開放し、2階を家族の住空間としている。災害支援として住宅の機能の一部を地域とシェアしようという試みは、都市防災に柔軟さをもたらすだけでなく、日常の地域コミュニティの場としても貢献する。
 1階の天井は木材を積層する重ね透かし梁とすることによって、強度の低い地元材まで有効に活用している。その重ね透かしはエントランスの軒下にまで拡がり、地域のデザイン的なシンボルだ。2階の屋根はCLTのヴォールトで、千切りを篏合して金物を使わずに接合している。木造による多面体のヴォールトは、ワンルームの住空間に一体感を生み出していて、蝶のような形の千切りは、構造部材にもかかわらず可愛らしい。
 このように、地方のまちづくりを手がかりとすることは、構造デザインの新しい分野を切り開いている。それは、余分なものを切り捨てていく日本刀のような構造デザインではなく、まちの微熱のようなエネルギーを受け入れる鷹揚な構造デザインであり、まちに根差して作品をつくり続けている多くの構造家たちの指標となるだろう。このような作品が日本中に増えて欲しいと思う。今回の受賞は、構造デザイン賞としても新しい挑戦である。

福島 加津也(選考委員・建築家)


 プロシューマー(生産消費者)という言葉がある。『第三の波』の著者で未来学者アルビン・トフラーの造語で、産業革命後の高度情報化社会においては、第一の波である農業革命以前の状態のように、生産者(プロデューサー)と消費者(コンシューマー)が再度融合し、プロセスに参加したい、社会貢献をしたいといった多様なニーズに対応する新しい経済構造に変わっていくであろうという説の根幹にある概念であり、個人的にはこれから各産業で起こり得るパラダイムシフトの鍵を的確に表現している言葉のひとつであると思う。
 黒岩裕樹さんの「神水公衆浴場」はそんなポジティブなシフトを予感させる作品だ。黒岩さんはこの建築の企画者であり、開発者であり、施主・居住者であり、構造設計者であり、現場監督であり、浴場の運営者でもある。通常は上記すべての役割が別人・スペシャリストになるところだが、黒岩さんは自分ですべてやることによって新しい発想力、社会性、合理性を獲得した。コミュニティへの強い想いから、銭湯という公共性の高く大空間が必要な機能を基壇にし、その上に住むという経済的視点からはあり得ないプログラミングから始まり、独自性は高いが奇をてらわない架構、経済的で実験的な接合部のディテール、工務店に頼らない資材の発注方法まで、役割が融合しているからこそ可能な創意工夫とカスタマイズが一貫したストーリーとなって伝わってくる。ここまで企画、設計、構造とライフスタイルが自然と融合していてる建築はなかなかないのではないか。それはまさに建築を超えた「在り方」であって、地方からこのような場が増えていくことで、新しい社会性の波を起こすことができるのではとワクワクする。

重松 象平(選考委員・建築家)


 受賞作品は、黒岩裕樹さんが熊本地震で自らの被災体験を通して、「地元」を支援したいという強い思いでつくられた唯一無二の自邸兼公衆浴場の建築である。また木構造のアイデアや技術がふんだんに盛り込まれた秀逸な木造建築である。
 2階の居住空間はCLTパネルをアーチ状に組んだ開放的な空間となっている。スパン8,400mmの円弧状屋根は、幅1,150mm厚さ150mmのCLTパネル8枚からなり、金物を一切用いず蝶々型CLT接合ピース(@650mm)で版相互が嵌合接合され、考え抜かれた納まりとなっている。建方時、想定外の変動荷重時の付加曲げに対して実大構造実験により接合部の剛性耐力の安全確認が行われている。天井面、床面、家具すべてが木に囲まれ、ずっと留まりたくなる素晴らしい空間であった。
 正面玄関、銭湯内部から見上げた1階の天井、2階の床は、県産間伐材を積層させた重ね透かし梁が用いられ、空間の楽しさを演出する架構であった。数本のタルキックのみで接合された2階へ通じる螺旋LVL片持ち木階段、また想定外の台風に備えて竣工後補強されたという2階妻側窓面角部4カ所の木筋交いなど、自宅ならではの大胆な設計も随所に見られた。
 黒岩さんは、発注者、構造設計者、現場監督、一部大工、竣工後は銭湯運営者とさまざまな立場で、この建築と構造をつくり上げられた。また九州地方を中心に木造をはじめとし、数多くの作品の実績も持たれている。黒岩裕樹さんは、日本構造デザイン賞に相応しい構造家である。

原田 公明(選考委員・構造家)


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