2016年第12回
日本構造デザイン賞
松井源吾特別賞

総合選考評

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腰原幹雄(こしはら・みきお)
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岡村 仁

経歴(受賞時)
1968年 千葉県生まれ
1992年 東京大学工学部建築学科卒業、2001年東京大学大学院博士課程修了、博士(工学)
構造設計集団<SDG>、東京大学大学院助手、生産技術研究所准教授を経て、2012年 東京大学生産技術研究所・教授、NPO team Timberize理事長

主な業績・作品
金沢エムビル(2005)
下馬の集合住宅(2013)
長谷萬CLT建築実証棟(2014)
CLT Cafe(2016)
八幡浜市立日土小学校耐震改修(2009)
油津運河夢見橋(2007)

著書
『日本木造遺産』(世界文化社、共著)
『都市木造のヴィジョンと技術』(オーム社、共著)
『感覚と電卓でつくる現代木造住宅ガイド』(彰国社)

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木質構造デザインの普及・発展に対する顕著な貢献
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CLT Cafe(兵庫県神戸市、2016年)/設計 KUS/LVLレーカービームとCLT床版を用いたスタンド型建築。撮影 中田義成

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選考評
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 腰原氏が東京大学坂本功研究室を卒業し、渡辺邦夫氏率いる構造設計集団SDGに入社したのが1994年、1980年代後半から始まる木造ブームのまっただ中にあった。SDG時代の担当作品としては「牧野富太郎記念館」(1999年、設計:内藤廣建築設計事務所)が有名だが、今でも私の印象に強く残っているのは、『新建築住宅特集』2001年7月号に掲載された「木造HPシェルの家」(1999年、設計:伊坂重春)という小さな住宅である。合板とスギ板で構成したわずか62mm厚のハイブリッドパネルでHPシェルの美しい屋根をつくり、8m×8m平面のリビングの無柱空間を軽やかに架け渡したものである。渡辺氏はその構造解説の中で、一担当者であった腰原氏のことを「彼は木造に異様に興味を持ち続けるエンジニアだが、仕事の進行に合わせて周辺の専門家から意見を聞き、自分たちの案を成長させる、あるいは変革していくことにも長けている。このHPシェルの断面構成はその最たるものだ。」と評している。
 学位取得後の2001年に坂本研究室に戻って研究の実績を積み重ねていく一方、社会から急激に木造ブームが去っていくのをどのような眼差しでみていたのであろうか。時が流れて、奇しくも2010年に施行された「公共建築物等木材利用促進法」(木促法)を契機として木造が再び脚光を浴び始める。そして、本格的なムーブメントになりつつある現在、その中心には常に腰原氏がいる。
 広範・多岐に渡る氏の活動の中でも社会的に最も注目されているのは、自身が理事長を務めるNPO法人team Timberizeを基盤とした「都市木造」の提案と実践である。日本の都市というヒトとモノが密集した場で持続可能な木造建築を実現していくには、構造、耐火、耐久、事業採算、法令、そして「都市に木造で建てられるのか」といった人びとの意識の壁が立ちはだかる。これに対してさまざまな専門家とネットワークを組み、プロデューサー、時には設計者の立場で緻密かつ大胆な手法で変革していく姿は、小さなHPシェルの屋根を追求していた時代と本質的には何ら変わるところはない。自身が開発や設計に関与し、個々の作品としても名高い「金沢エムビル」、「下馬の集合住宅」、「CLT Cafe」等のプロジェクトは、社会を啓発するエポックメイキングな布石となっている。
 あらゆる構造を見渡せる腰原氏の広大な視野からの俯瞰は、これからの木質構造の普及に不可欠なものである。現代における木造の隆盛が、一時のブームで終わってはならないことを痛感しているからであろうか。先進的な活動だけでなく、一般の実務者がより健全に木質構造デザインを実践できるような設計環境の整備、社会への啓発にも余念がない。
 腰原氏の木質構造界全体へ顕著な貢献は、まさしく松井源吾特別賞を受賞するに相応しい。

山田 憲明(構造家)

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