2013年第8回
日本構造デザイン賞
松井源吾特別賞

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大森 博司(おおもり・ひろし)
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経歴(受賞時)
1973年 名古屋大学工学部建築学科卒業
1975年 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了
1975年 同博士課程中退、東京大学生産技術研究所助手
1982年 工学博士
1983年 名古屋大学助手
1991年 同助教授
1995-96年 コーネル大学客員研究員
2004年 名古屋大学教授

主な業績
作品:
2005年 芥川プロジェクト(フータイアーキテクツ一級建築士事務所・飯島建築事務所の設計に協力)

受賞:
1990年 日本建築学会奨励賞
2003年 SDレビュー入選
2004年 日本建築学会賞(論文)
1999年、2004年 Tsuboi Award
2010年 文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)
著書:
『曲面構造物の最適設計─最適設計ハンドブック』朝倉書店(共著)
『発見的最適化手法による構造のフォルムとシステム』コロナ社(共著)
「構造形態創生の手法と実施例」日本建築学会(セミナー)
『空間構造におけるコンピュータ利用の新しい試み』日本建築学会(共著)
「今、息を吹き返す『建築構造設計支援』」日本建築学会(セミナー)

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業績:構造部材の形態による建築デザインへの貢献
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1. 芥川プロジェクト(二次元拡張ESO法) 外観写真(南西)。   ▶

構造形態創生法
構造解析は英語ではstructural analysisと表現される。一方、化学分析と言う用語は、物質固有の化学的性質を利用して、その成分や組成などを知る操作とされるが、英語ではchemical analysisと表現される。したがって、構造解析は構造分析と同義であり、それは、所与の構造物の成分や組成、すなわち構造性能や応答挙動を詳らかにすることを意味する。ところで、構造設計という行為は、建物にどのような力が働いて、その力によってどのように建物が挙動するかを理解・把握した上で、それぞれの建物に適した構造形式を提案し、その建物を利用する人々に安全を与える行為、とまとめることができる。要は、構造の提案であり案出である。そこでは、構造が仮説として提案され、その性能や応答挙動を検討するために構造解析が行われ、その結果の検討を行い、所望の性能実現に向けて原案に修正を加えたものに対して更に構造解析を行う、と言った試行錯誤の作業が繰り返される。こうしたプロセスにより、要領が良いか運が良ければ、比較的早めに所期の要請を満足する構造に遭遇することになる。それでは、構造としての性能を所与とし、その性能を発揮する構造を直接求めることはできないか。それができれば上記の様なとりとめのない繰り返し作業は不要となるであろう。私の研究はこうした、原理の転換の発想に支えられている。(大森 博司)

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選考評
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本年度の松井源吾特別賞は名古屋大学大学院環境学研究科教授大森博司氏に決定した。日本構造デザイン賞の中に松井源吾特別賞が設けられてから、毎年1名本年で6人目の受賞者となった。日本構造デザイン賞は、自薦他薦を問わないが、作品賞の色合いが強い建築作品による応募は自薦により、業績賞の色合いが強い松井源吾特別賞の場合は構造家倶楽部会員による推薦により選ばれてきた。松井源吾特別賞は「構造家としての活動・業績が、社会的、文化的功労の観点から顕著な個人」の顕彰を目的として設けられており、大森博司氏の「構造形態創生法の開発とその構造デザインへの貢献」が構造家としての活動・業績として、認められたことになる。大森氏は「これからは構造を理解しないアーキテクトはもちろん、アートを理解しないエンジニアも建築で生き残ることは難しい」と研究者・構造家として頼もしい発言もブログで引用されている。
構造形態創生法の開発とは、本来構造形態は、構造家が力学的感性を頼りに、ひらめきと経験により創作し、コンピュータはその力学的検証のために用いる従来の方法に対し、設計条件が与えられた時点で直接且つ理論的に構造解析の技術を応用して構造システムを創生する方法の研究である。この理論的手法として下記のような方法が用いられている。
遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithm GA)による構造デザイン---生命の進化の概念に倣って問題の最適化を行う手法で混沌からスタートしてそれらしい結果を得る手法(アルゴリズム)である。
進化論的構造最適化法(Evolutionary Structural Optimization ESO)による構造デザイン---GAで取り扱うのは基本的にトラスやスペースフレームなどの骨組み構造物に対し、板やシェル、さらに三次元連続体の形態創生に用いる手法である。
これらの方法は、いうまでもなく、与条件に対する最適化であり、無条件に最適な構造システムが得られるわけではない。「美は合理の近傍にあり」の格言が示す通り、合理を極めた構造システムには、そこはかとない美しさが漂うことは誰しも認めるところである。力学的研究は自然現象の解明に重きを置き、美を意識することは稀と思われるが、構造デザイン即ち建築のデザインを目的とする数理学である以上、得られた結果の評価に美的な感性が求められる特異な分野である。大森氏による、既に実際の構造システムに応用された例も含め「構造形態創生法の開発とその構造デザインへの貢献」は新しい建築表現の可能性を秘めており、現代の建築界が注目する所以となっている。一方のひらめきと経験による従来の構造形態の創生法は、文化や時代の変化を反映させ、イズムやスタイルの歴史を築いてきた。多様な手法が建築の衰退を食い止め、新しい建築形態の創造に貢献するよう更なる研究と開発を願う。

梅沢 良三(選考委員長・構造家)

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